石炭箱いっぱいのSP盤……ギターとの出会いby S.Yamasaki 「操体オヂラ〜ドーコレ育体〜」 ――私の手元には古びた茶色い明朝体でこう書かれた大盤のSPがある。 黴と埃のすすっぽい黒さ、 先日の鳥取の震災で、友人らの無事を確認するため、数日間ばたばたと過ごしていた。 2歳8ヶ月で逝った父のことはほとんど覚えていない。 看護婦として働きに出る母親とすれちがう生活の中で、父が遺してくれた蓄音機とレコードは、鍵っ子少年の格好のおもちゃであった。 均質な黒い盤のいったいどこからあのような複雑なメロディーが流れ出るのか、
まったく神秘的だった。 SP盤が誘導してくれたのかいざ知らず、音楽との華やかな逢瀬が始まった。 しかしそんな楽しい想い出も長くは続かない。 歌によって音楽への挫折を経験しはじめていた私に、義理の兄がギターを貸してくれた。 それを手にした私は、完全に我を忘れて熱中した。何よりもこの楽器は、「ハーモニー」が奏でられるのである。 「ぼろろろん」は、それまでの縦笛やハーモニカでは到底出せない和音の喜びだった。 私は手探りで、幾つもの「ぼろろろん」を見つけだしては組み合わせて楽しんだ。 一週間で兄よりも上手になってしまった私を見て、兄はあきれたように、もうお前さんにやるよ、と言ってくれた。 ギターとの出会い。今にして思えば、兄のはからいが生んだ変声期の偶然としか言いようがない。 * * * 石炭箱いっぱいのSPと蓄音機。「操体オヂラ」と「真夏の夜の夢」。
記憶の底ではいつも数々のメロディーが蓄音機の上で回転している。 そして私は、今もギターを弾いている。 (現代ギター2000.12月号掲載) |
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